直線上に配置

くろもにっき

何か書きたい気分になったら書いて行く、そんな日記に仕立てたい。




2004年12月11日晴
きんちゃんさんから第一報を受け、すぐフランス・ハーモニカ協会のHPを見に行ったところ

The great virtuoso harmonicist Claude GARDEN, designated by Larry Adler as his successor, died this morning, 9 of December, at 5.15 a.m., in St Joseph hospital, Paris, after a long illness. He was 67.

Funeral will take place on Tuesday the 14th. There will be an office in the hospital chapel at 2 p.m. and he will be buried in Bagneux cemetery at 4 p.m.
We offer our condolences to his daughters, Alexandra and Maud, and to his close relatives.

St Joseph hospital : 5 rue Larousse 75014 PARIS
If you wish, contact : 33 ( 0 )1 42 03 10 06

とあった。

自分の掲示板、BLOG、香港とマレーシアの掲示板に書き込んだ。今朝はBLOGにお墓のアニメを作って貼り出し、昨夜書き込んだ文面を読んでいたら、涙が止まらなくなってしまった。

本当に今まで色々教えてくれてありがとう。さようなら、ガーデンさん。

2004年9月23日曇
旅愁を編曲した。これでハミングキャッツは「しおさいの詩」、「雪山賛歌」、「旅愁」と3曲そろった。

2004年9月22日曇後雨
「小椋佳を歌う」の練習日が10月4日(月)と決まった。場所は銀座ヤマハ・ホール。

2004年9月19日晴
鶴田教室発表会を少し聞いて、南流山で9月25日のライブの練習。時間があったのでバス停で予習。進行が思い出せて効果があった。

2004年9月18日曇
午前中、敬老会の演奏。
・ウナセラディ東京
・銀色の道
・瀬戸の花嫁
・池上線
蒸し暑い。一眠りして「小椋佳を歌う」の採譜を進め、10曲以上になった。これで練習を開始できる。

2004年9月12日晴
午前中は「21世紀ハーモニカ画廊」のリハ。ハモソ同級生4名(M、N、O、K)が来てくれた。時間が取れないのが残念。午後の本番の後、すぐ門天ホールへ直行。リハの最後で「枯葉」をやる。3拍子で難しい。本番で、「枯葉」の直前にメンバー紹介があり、必死にテンポを取って、本番はOK.「TABOO」では、オーストリアで買った金髪帽子を被って演奏。赤いアロハと金髪でタブーを表現したつもり。前記Nが聞きにきてくれた。打ち上げは不手際でもんじゃではなく、笑笑だった。それもGood!

2004年5月8日晴
本日はアミーゴのバス・とコードが練習に訪れ、新曲として「マイムマイム」を練習課題とした。素直なトリオらしい曲なので、バスもすぐ慣れたようであった。その他教室用の曲の練習。その後、3人でアミーゴの練習場へ行き、3時まで合奏練習。「12の誕生日」は午前中の練習の成果があり、かなり安定した演奏ができるようになってきた。

2004年3月12日曇
Herbsの練習日。先週編曲し直した「ロミオとジュリエット」の初練習。中間のコーラスをコード・メロディに仕立てたものだ。Am調なのでそれほど違和感無く演奏できるはずである。dimもaugも出てこないので、「Peg O' My Heart」よりずっと楽である。

2004年2月22日快晴
流山稲門会総会の日。総会の隣の部屋でPAの設定と音出しの準備をした。かなり大きな音が出ているように調整したのに、いざ本番となるとわいわいがやがやと懇談中の中での演奏になるので、ゆっくりしゃべることもままならず、とにかく曲を繋いだ。しかし、出だしのカウントが全く聞こえないので、2小節目あたりでようやくどこを吹けばよいかわかる状態。司会の方も盛り上げてくれて、歌ってくれた方、ずっと楽しそうに拍子を取っておられる方、ダンスの相手を探してくれた方など、楽しめたのだと思う。反省会でも、今まで聴くばかりだったのが歌えたのでよかったとの評判であった。今回、バス奏者がいないため急遽カラオケ的に歌詞カードを配ってみたのが、参加型のコンサートとしてよい効果をもたらしたようだ。「サン・トワ・マミー」はアダモの歌を想定していたので日本語の歌詞を用意しなかったのだが、これを歌いたかったという人がいてちょっとした誤算だった。この曲はルンバを踊ってもらうためだったのだが、ダンスをできる男性がおらず成立しなかった。

2004年1月25日晴
新宿区第12回牛込箪笥地域まつりにThe Herbsで出演した。トリオ カナデールと合同での出演。バス・ハーモニカ用にマイク・ケースにAKG 251を2本セットしたものを作ってもらっておいたのを使った。かなりの改良ではあるが、やはり音の偏りが出るようだ。さらに研究が必要。
曲当てクイズを挟んだところ、中々好評。この時間帯では客席がかなりまばらであったが、みなさん盛んに手を上げてくれた。こういう参加型コンサートもいい。
打ち上げの席では、チンドン屋さんで出演した若いお姉さん方もいて華やかだった。

2004年1月4日晴
年末年始も終わるので、昨年入手していたLarry Adler関係のVHSを鑑賞した。画質はあまりよくない。

Adler がガーシュインについていろいろ語る構成である。歌手3人ばかりのレコーディング・シーンが出てきて、Adlerの語り、弾き吹き、などのシーンがある。オーケストラが別室、歌手、ディレクター、Adlerが同室でレコーディングする光景などとても興味深いものであった。マイクの前に丸いスクリーンがあ り、風よけに使われている。録音の場では常識なのかも知れない。Adlerのオブリガートは、楽譜なしのアドリブのようだ。アップ場面もあるので よく見ると、ハーモニカはシルバー・コンチェルトのようだ。

見終わってホッとしていると、引き続きハーモニキャッツの演奏に切り替わ った。ジェリー・ムラッドはかなり若く、バス・コードもオリジナル・メンバーのようだ。この曲は知らない曲だがとても難しくてかっこいい、素晴ら しい演奏である。ジェリーって、本当にうまいんだなあと感嘆。レパートリーに取り入れたい曲だ。

引き続きハーモニキャッツの別の演奏シーン。こちらはコメディアン・ギャロップだ。3人ともピエロの格好をして面白おかしく振付けしている。バスとコードがメロディにすれすれに近づくとメロディが頭をひょいと引っ込めるといった具合。 この曲のコードの動きは別のVHSでも見ているが、とにかくものすごい。それをコメディ・タッチで演奏するのは非常に高度な技術の裏づけがあるからだと思う。

次は、(もう順番は混乱しているかもしれない)クロマチック・ハーモニカ3人とベース、ギターの演奏、このグループについてはまったく知らないがそれぞれ高度な技術の持ち主である。

次 は、コメディの寸劇。小さな部屋(あるいは列車の客室)に二人の紳士が座っている。やおら細い方がポケットからハーモニカを取り出し1曲演奏してまたポ ケットにしまう。間があったあと、太った方がポケットからリトル・レディを取り出して吹く。細い方がそれを借りて吹く。太い方が取り返してリ トル・レディを口の中に完全に入れて吹く。(この辺は吹き替えらしい)。そのうち、リトル・レディをごっくんとお腹に飲み込んでしまう。間が あって、細いほうが太い方のお腹を押すと、音が出る。そこであちこち押し合い、次々に音が出てハチャメチャになったところで終わり。

次は若い奏者のシンセ・ハーモニカの演奏。ハーモニカはかなり大きな図体でA4版の本を吹いているように見 える。端にコードが繋がっている。かなり巧みなジャズ・アドリブ演奏ですごいなあと感心しながら見終わった。画面を見なければ、この音色はまった くハーモニカとは思わないことだろう。

引き続き別のシーンで同じ奏者が4オクターブのクロマチックでジャズを3曲ばかり延々とアドリブ を交えて吹き続けた。それで、あまりにうまいので顔をよく観察すると、どうもこの奏者はHendrick Meurkensらしいなと思えてきた。そういえばドイツ語も混じっているような気がする。確証はないが、そうであればこの演奏の巧みさに納 得できる。

以上、全編2時間あまり、堪能した。つくづく、世界は広いと思う。

2003年11月17日快晴
第11回アフターセブン・コンサート、もんもんオケで大盛況。
指揮者不在でカウントを出す役目だったので、緊張のあまり顔がとても怖かったとのこと。反省材料だ。
曲目は
・小象の行進
・タクシー・ドライバー
・マシュケナダ
マシュケナダでは16小節のアドリブ、ああDmでいいよというのでやってみたのだが、昨日の練習、本番とだんだん楽しくやれた。病み付きになりそう。
出演者の皆さん、本当にありがとうございました。来年もぜひ出演しましょう。

2003年11月3日雨
埼玉県のコンサート。バスのラインが外れており、急遽オープン・マイクに。照明を落とされ、気になって、とうとうKiss of Fireのやり直しに。
打ち上げ、2次会とアリさんと同席だった。

2003年10月26日晴
流山市稲門会の総会が2月22日にあるので、前回ニューオーリンズ・ジャズ・クラブOBが演奏を受け持ったが、今回はハーモニカでやってみてはという話が来た。打ち合わせの駅前の喫茶店は歌声喫茶、カラオケなどができるかなりの広さのところで、将来貸切でなにかを催せる予感がする。
OKした後でSOY Beansメンバーに連絡すると、バスが出られないとのこと。代わりにOさんに打針するということにしたが、後日OKが出た。やれやれ。
40分位の持ち時間なので7曲ほどあれば十分だ。「鈴縣の径」やフォークソングのレパートリでよさそうなので曲の心配はないが、PAをトリオ用に確かめて見る必要があるし、家での音出しも必要になる。会場は柏のホテルの宴会場になる。

2003年10月25日晴
セピアの閉店記念パーティ。急遽The SOY Beansも一曲吹いてくれということなので、「ボルサリーノ」を演奏することにして会場へ。私の出場回数は2回にすぎないのだが、ご来場の皆さんはそれぞれの師匠と共に案外出演回数が多い。出番は初めの方だったので、後はちょっと飲みすぎ気味。2次会もその場所で実施。

2003年10月19日晴
千葉県第2回C.H.A.ハーモニカ・コンサート当日。快晴だ。
The Hearbsの「日曜はだめよ」でバスの音が出なかった。腰につけたバッテリ・ボックスへのプラグの差込みが甘かった。残念。その他の曲もモニターがないのでよくわからない状態であった。
ソロの「カバティーナ」は、最高音のA音の出だしがちょっともたついたのと最後の吸いの延ばしの前のE音の吹きがほんのちょっと長かったぐらいで、ほぼ思い通りに吹けたと思う。
打ち上げは昨年同様、船橋グランド・ホテルで、ここの料理は中々よい。今回、ハミングキャッツの出演がなかったのが残念だったが、おかげでチケットのはけがよかった。
来年は2曲ぐらいソロを吹きたい。

2003年9月23日晴
ハーモニカ賞受賞記念パーティ。こんなに「おめでとう」を言われ続けたのは初めてだろう。会としてはよく盛り上がり、会費の割には料理はおいしかったとのことで、大成功と言ってよい。裏方には今回本当にお世話になった。感謝。参加者、出演者の皆さんにも感謝。
Harmonettaの初披露、Musetteの2度目の披露でまたまた歓心を集めた。SさんからMusetteの注文がきた。
久し振りに早稲田の先輩、同輩、後輩が集まり懐かしかった。
The Humming Cats − 「ポーリシュカ・ポーレ」(Harmonetta使用)
The Hearbs − 「日曜はだめよ」
ギターとのデュオ − 「Palm」
The SOY Beans − 「ボルサリーノ」(Musette使用)
ギターの「Palm」、ちょっと焦りが出て完璧には行かないがMからいい曲だとほめられた。
イントロ当てクイズという試み、結構面白かったのではないか。
旧ハミングバードの演奏はせずじまい。それはそれでよかった。
2次会は和民で30人ばかり。8時で解散で身体の負担が軽くてよかった。

2003年9月14日晴
もんなか・もんじゃ・オーケストラ21世紀第2回コンサート。歌手が病気のため欠席、急遽曲を短くしたり順番を変えたりでリハのときにてんてこ舞いになった。本番でも譜面を見失ったりと大混乱に陥った。トロンボーン・チームはその点素晴らしいと思う。
「タクシー・ドライバー」のソロはかなりうまくいったと思う。
ピアニストがハモソ出身なため、その同輩が聞きに来ていて、挨拶にきたのは意外性があり面白かった。
2次会のもんじゃ焼きは盛り上がって楽しかった。
今度11月17日に会社のコンサートに来てもらうことにしたので、今後会社内の打ち合わせが重要となってきた。

2003年8月31日晴
第一回埼玉県ハーモニカ協会交歓会にThe SOY Beansで出演、「ボルサリーノ」、「鈴縣の径」、アンコールで「二人でお酒を」を演奏した。11月3日の前哨戦に当たる演奏会で、小ホールは100名ぐらいの観客。本番では同じ場所の大ホールということで500名ぐらい入るとのことであった。今回、「ボルサリーノ」でMusetteハーモニカを初使用し、大いに観客の歓心を買うことができた。

2003年6月8日晴
鶴田教室の演奏会があり、臨時トリオThe SOY Beansで「鈴縣の径」と「真夜中のカーボーイ」、新トリオThe Hearbsで「池上線」と「Ramona」とそれにソロで「シシリエンヌ(J. S. Bach)を演奏した。打ち上げと2次会で飲みすぎかな。WさんにChromonika III、YさんにHarmonicatsのVHSを有償で譲った。

2003年6月1日 曇
ブルース・ピアノ教室の発表会があり、FIHの決勝ライブの方は欠席した。
曲目は「枯葉」。C調のGolden Melodyでアドリブ2コーラス。ただし、コード進行は覚え切れなくて譜面を見た。アドリブは、本番直前に練習してみても、本番ではどうなるかわかったものではないので、不安であったが、途中、ちょっと小節を見逃すところがあったもののなんとかやり終えた。しかし、10 holesは不便だな。また、使いたい音がなくて困ることも。10 holesでジャズをやる人って、結局ゴマカシがあるのではないだろうか。自分が未熟なのは承知だが、やはりクロマチックでやるアドリブとは随分違うと思う。今度から、クロマチックにしようかな。
さて、今日は一人の天才プレイヤーにお目にかかった。同じ先生に付いているのだが、トランペットのアドリブとブルース・ピアノの両方をやる。それがまた素晴らしい。と思ってプログラムを見ると小六と書いてある。ずっこけてしまった。打ち上げでお母様に聞いてみると、天才ハーモニカ・プレイヤーの千賀太郎君と交互に何かに出演しているらしい。また、日野皓正なんかの前座をやったり競演をやったりするらしい。家族でファミリー・バンドを組んでいるそうだ。やっぱり英才教育なんだが、ジャズ・ピアノを聴いて一人でピアノが弾けるようになったなんてところはやっぱり天才の一種なんであろう。将来は大物になりそうな予感がする。
さて、来週は鶴田教室の演奏会があり、新トリオThe Hearbsと臨時トリオThe SOY Beans,それにソロの三つの出番がある。頑張ろう。

2003年5月11日 曇
ジミコンに出演。今回はピエロを演じた。衣装は1ヶ月前から手配したが到着したのが1週間前。それで構想は練っていたが実際に練習したのは昨日だけとちょっと不安であったが、なんとか思い通りの演出と笑いをいただくことができた。
去年は入りが少なかったが今回は80席が満席で立ち見が出たらしい。収支の採算点にも到達したようだ。めでたしめでたし。
私の出し物は、
1.Little Ladyで「オー・スザンナ」を手を使わずに吹く
2.10 holesで「汽車」と「鶏」
3.重音ダイアトニックで「結んで開いて」「菩提樹」
4.Chromaticaで「お早うございます」、「今日は」、「蜂の飛行」
5.複音で「タタロチカ」
6.古楽器で「わっはっはっは」と「マイム・マイム」
7.64Chromaticで冗談を意味する「バディネリ」をカラオケで
以上。

2003年4月28日 晴
昨日の2003年度ハーモニカ・フォーラムにて、第25回日本ハーモニカ賞を受賞した。夜の交歓パーティで、サブテナー280を使って「夢のあとに」を演奏した。人を驚かせるには十分だった。
割れた木製ボディ64Chromonicaの修理に入った。ほとんど使っていないいい状態ではあるが、ボディが割れているのが残念だ。修理はできるだろう。
会社を休んで4連休にしているので、eBayでコード・ハーモニカとバス・ハーモニカの締め切りを見守ったが、どんどん高騰し、最後の1分間でコードを落札できなかった。同じ社のバスに対してはこれで興味が薄れ、入札に参加しなかった。
前に落札したバス・ハーモニカの代金をmoney orderで送った。こちらはE-Eの短いバス・ハーモニカだ。今度は、よいコードが出たら即金で買いたいものだ。

2003年4月9日 雨
もんなか・もんじゃ・オーケストラの3回目の練習。「男と女」で初めてハーモニカ用の楽譜がきた。今日はこればっかりの練習だが、最初の2回は一体どこをやっているのかさっぱりわからず、ギターの楽譜を覗いてメロディをメモして、ようやく入りがわかってきた。学生時代にやったことのある曲だけど、いきなり2/4拍子が1小節だけ現れたりするんで、すっかりまごつかされてしまった。しかし、最後はばっちり。団長にマカロニ・ウェスタンのCD2枚を渡した。次回、アレンジが上がってくるといいのだが。風邪のせいで反省会は出ず。
eBayのオークションで木製ボディの280をいくつか落札できたが、費用が大変だ。

2003年3月30日 晴
もんなか・もんじゃ・オーケストラの2回目の練習。いきなりMistyのソロだったが、気持ちよくこなせた。枯葉は3拍子のところを4拍子で数えていたりして全体がよくわからないまま終わった感じ。マシュケナダも全体つかめず。なにしろここは1曲につき2回程度しか通してくれない。反省会、花見、懇親会で帰ったら11時半。

2003年3月23日 晴
古楽器の修理が終わり、一段落。写真をコレクションに加える。バッハの組曲2番からブーレ、ロンド、メヌエットの練習をする。これらは中々いい曲だ。スラー、スタッカート、指示なしの切り分けはむつかしい。

2003年3月21日 晴
新トリオの初練習。池上線とさすらいの口笛で終わってしまった。長いブランクのため、リズムの把握に苦労されている様子。こちらも久しぶりのバスで中々音が命中しない。時間をかけてじっくり取り組むしかない。

2003年3月12日 晴
もんなか・もんじゃ・オーケストラの初練習。まだパート譜がもらえないので欠席者の分を吹く。オーボエ、バイオリンなどが回ってきた。ボリュームは負けるのでPignoseのアンプを持っていった。結構使えるものだ。内山団長が、「初見ができるからいろんなパートをやってもらおう。」とつぶやいていたが、初見が利かない人もいるってこと?ポピュラーだからリズムが難しく感じるのかも。
懇親会に参加。フルートがハーモニカのピッチが低いので合わせるのに苦労したと言っていた。帰って調べてみるとSuper 64はA=440になっている。A=442位ので参加したほうがよさそうだ。そんな話題がでるところが異楽器との交流で面白いところだ。

2003年3月1日 曇後雨
ラビーの一周忌、お線香を倍焚いた。しきりに思い出される。
ChromClassに奏者列伝のページを作り、Larry AdlerとClaude Gardenについてジャケットを調べながら記入した。Art Daan氏のページも参考にした。ラスカルズやハーモニカ・ギャングのメンバー・リストがあることがわかった。ずいぶんたくさんのメンバーがいたもんだ。Al Smith、Richard Hayman、Leo Diamond、Jerry Murad, Eddy Manson、Alan Pogsonなど有名どころの名が見える。

2003年2月22日曇
2/20にブルーノート東京でToots Thielemans Qualtetのライブの第一ステージを聞いた。
元気そうでなにより。演奏は全く衰えを感じさせない。ピアニストが左手でキーボード、右手でピアノを弾いているのに途中から気がついた。おどけて見せたり、他のプレーヤーに指示を出したりというのは、やはりライブでないと味わえないと思う。CD以上に3度の和音を使うのも新発見。 枯葉、Felicia and Bianca>、Wave、No More Blues、Estate、Bluesette、I Do It For Tou Love、What a Wonderful Worldなどを演奏したと思う。スロー・バラードが良かったなあ。ステージを降りるときはピアニストとベーシストに肩を借りていた。足にはかなり衰えが来ているようだ。そのためか、サイン会はなし。Larry AdlerのBournemouthでのステージを思い出した。
2/21、新トリオ結成に向けて市谷To The Hervesにて打ち合わせ。名前に「The Herves」というのもいいかなと感じた。とりあえず、「池上線」、「Ramona」、「さすらいの口笛」を配った。3/21に初練習の予定。

2003年1月28日雨
会社に来るCD屋さんを昼休みに覗いたところ「shima Chromatic」を見つけてしまった。見つけてしまうと買ってしまうという習性で今、手元に。聞いているが、ちょっと伴奏が強いなと感じる。昨年末に演奏会場で聞いたときはピアノに負けていないバランスで良かったと思ったのだが、今度のCDではMixingしているであろうのにクロマチックを伴奏が負かしてしまっている。だからかもしれないが、ハープのアルペジオとハンドカバーのビブラートがシンクロしてしまうところがあって、ちょっと変な感じがした。
思うに、タング・ビブラートは音の高低を利用したビブラート、横隔膜は音の強弱を利用したビブラート、ハンドカバーは音の音色の変化を利用したビブラートといってよい。クラシックで音の変化を利用したビブラートというのは変なのではなかろうか。例えば、ビブラホンとハンド・カバーは似ているが、ビブラホンはクラシック用の楽器とはいいがたい。
J.S.さんの持論でクラシックでは音の高低を利用するビブラートはよくないというのがあるが、音色の変化のほうがよりよくない気がする。音のきざみのテクニックについてはライリー、トロッシンゲン派の人達に文句のつけようがないが、ロングトーンのビブラートについては、まだアドラー、ガーデンの方を私は好ましく思う。
やはりハンドカバーはポピュラー音楽でときどき特殊な効果を出すために使うのがよいと思う。
電車の中で聞いていて気付いたことがある。ハンドカバーの速さがいつも同じなのだ。スローな曲でも速い曲でも同じ速さのビブラート。これは改良しなければならないのではなかろうか。フルート奏者と比べるとよくわかる。

2003年1月26日曇
先週、CromClassにAnimation Clubを追加したのだが、収録アニメを増やした。
ハミングバード解散コンサートのビデオから曲部分だけをMDに写す作業を実施。生演奏はまあまあ聞いてもらえたと思うのだが、録音で人に聞いてもらうにはミスが目立つ。その点、プロ奏者はすごい。StardustとSentimental Journeyはよいできだとは思う。そのうちMP3化したい。

2003年1月13日晴
3連休を利用してChromClassに職員室とDiatonic Harmonica Clubを作った。Atelier Hasaに今年最初の衣装を加えた。またRobbyの生前の写真が出てきたので、加えた。

2003年1月1日曇
12月21日に立ち上げたAteriel HASAのホームページに冠の写真を追加。前に写したのは背景が黒であったため、デジカメ側で露出を平均の明るさに調節するので冠の色が全く出なかった。今回は背景を白っぽくしたら、所期の色が出せた。

2002年12月23日晴
本日、K.S.さんのクリスマス・パーティに招かれたところ、オーストラリア人のジャズ・ピアニストとセッションせよとの依頼で、急遽「サマー・タイム」を演奏。
本来の自分の出番では「荒城の月」をカラオケで。中々面白かった。

2002年11月15日晴
「Palm」の初演が無事終わった。作曲家の佐藤純人夫妻に「黒いオルフェ」のパーカッションに出てもらった。
所沢の職場の人達、大学時代の同輩、先輩達が聞きにくれて話が弾んだ。

2002年11月10日晴
アドリブの勉強がしたくて、ブルース・ピアノの先生のところへ通い始めて3回目。「わが心のジョージア」の一部8小節をピアノと10 holesで交互にアドリブする練習。最後の10分位でようやく要領がつかめてきた感じ。ピアノがFで演奏するのでこちらはBbキーのGolden Melodyを使うのだが、先生が行っているコード名や音階をいちいち翻訳するのが面倒だ。10 holesの人達はどうやっているのだろう。感覚だけの人もいれば移動ドで譜面を読みこなす人もいるに違いない。それにしてもコード名の翻訳はつらいなあ。私としてはあらかじめ、翻訳したものを用意するしかないね。
でも、アドリブはやはり面白いね。早くクロマチックでできるようになりたいものだ。
「Palm」の初演まであと4日。これから毎夜少しでも練習しておいたほうがよさそうだ。

2002年10月14日晴
昨日280で練習していたら、突然バネが折れてしまった。予備と交換したが、あと1本しか残っていない。また揃えておかないと、いつ折れるかわかったものではない。最初に揃えたときは6本位あったと思ったが、ずいぶん消耗するものだ。

2002年9月29日晴
11月14日に会社のアフター・セブン・コンサートが開かれる。今回は「Palm]の初演をすることに。本日、ギターとの初練習。モダンっぽく吹くにはどうしたらよいかいろいろ考えさせられる曲だ。パート譜を作ってあったのだが間違いがあることが判明。作り直しだ。
ChromClassの基礎編がようやく思っていることを書き尽くした感じ。いよいよ初級編に取りかかる。最初に思ったようにMIDI伴奏を貼るだけではなく、「今月のテーマ」的にテクニックを解説していくのがいいのかなと構想を練っている。

2002年9月16日雨
町内会の敬老会が開かれ、アトラクションを担当することになり、例年どおり、ラジカセとカラオケMDを持ち込み演奏した。会に相応しい年代の曲はと考え、初期のさだまさし特集にした。「精霊流し」、「無縁坂」、「秋桜(コスモス)」にした。最近クラシックばかり吹いているせいか、ポピュラーの雰囲気作りにとまどってしまった。アンコールは小坂恭子の「想い出まくら」。元気がある曲だが、歌詞は悲しい歌だそうだ。

2002年9月6日雨
たまたまテレビを点けたら「北の国から」をやっていて、もうすぐ終わるということでもあるので、初めて見ていた。テーマ曲のハーモニカ版が流れたので興味深く聞いたのだが、何か違和感がある。何かもっと素晴らしい吹き方があるのではないだろうか。西部劇に流れるハーモニカの吹き方と較べて、実に洗練されていない。自分もレパートリーとしているだけに、この演奏にはがっかりさせられた。ハーモニカが口の形に敏感に反応するのだが、そのコントロールがうまくできていないと思う。それだけ微妙な楽器だということ。自分もこうならないように気をつけなくては。さだまさしのハミングやトランペット版にはまったく違和感は感じない。
その後、バイオリンで耳慣れたメロディが聞こえてきた。ただし伴奏がまったく違う。「夢のあとに」でバックにオーケストラがついているのだ。これは実にいい。この編曲はうれしかった。

2002年8月27日晴
Al Smithさんから約束の楽譜集が届いた。貴重なものだが、さて、これをどう消化していったものか。

2002年8月22日晴
ハーモニック・オムニバス用に夏休み中に「北の宿」、「無縁坂」、「想い出まくら」を編曲したが、昨日その初練習。b2個にとまどいが。ま、12月まではまだまだ時間がある。休み中の「バディネリ」の練習のためか、唇が痛む。マレーシアからのWeb Siteからお誘いがあり、BBSに書き込んだりしているが、中国系の名前をローマ字で書かれると、ちっとも誰が誰か判別できない。

2002年8月9日晴
第4回アジア太平洋ハーモニカ大会が終わり、色々と追加したいのだが、AJHFのページに写真を貼りつけるのに忙しくて、手が回らない。写真の現像が戻り、最初にラビーの葬式の写真があった。また悲しみがこみ上げてくる。

2002年7月23日晴
注文していたSX-64 Short Stroke Sliderが届いた。スライドだけがHering製になるかと思っていたがマウスピースもHering製になったので、カバーの金文字とのバランスが悪い。Super 64用のものに変えた方がいい感じになるかもしれない。リードは打ち直しではなく、鑢がけだけで音程を変えてあるようだ。Virtuoso社とは方針が違うらしい。削り方は上手で見た目も音色も悪くない。若干の調整をした。まだ吹きごこちに関して云々できるほど吹き込めていない。土曜日が待ち遠しい。

2002年7月12日晴
注文していたCX-16とSub-Tenor 64が届いた。
CX-16はCX-12のボディやカバー2個分をくっつけて作ってある。ただし、リード・プレートはSuper-64用のものを使っているらしいので、継ぎ目はない。プラスチック・カバーの内側に金属板が貼ってあり、プラスチック・カバー特有の音色を改良させている。使われている金属板は、Chrometta 14のカバーを切り取ったものだ。また、プラスチック・カバーには多くの穴が開けてあり共鳴板の役目をしているようだ。プラスチック・カバーの真中に継ぎ目があるので、あまり優美な姿とはいえないが、吹き始めればほとんど気にならない。しかし、刻印されている穴番号は左9番までは1オクターブ低くなっているので、つまり一番左の4番の後は1番から振り直さず9番まで注意する必要がある。ボリュームは大きいようだが、CX-12が元々音量があることを考えると、共鳴板のせいで大きくなっているともいえないような気がするが、吹いていてうるさく感じる位なので、効果があるのかもしれない。
Sub-Tenor 64の方は、やはり2枚分のリードプレートを切って組み合わせてある。左は、リード4枚分で、各リードにハンダを分厚く盛り上げて1オクターブ下げてある。右は普通のリードプレートの右4枚分を切り取ったものだ。ボディのコームも2個分使ってある。そうしないとリードが収まらない。外観は280とまったく変わらない。最低音部は、あまり音が出ない。バスの代わりにしたいのだが、むしろ低音メロディ用として有効かも。アンプ、イコライザーと組み合わせて音出しをしてみたいものだ。分解してみると、内側のバルブの取り付け方に工夫があり、かなりのKnow Howが使われているようだ。

2002年7月4日晴
NHK教育テレビで「イムジン河・私を変えた歌」をやっていた。ここの掲示板でも何回か話題にした歌だ。特にチェロで演奏しているのが気に入った。私の場合、あんまりいい歌だと、なんだか冒涜するような気がして演奏しなくなる傾向があるが、この曲と「哀愁のエルサレム」がそうだ。どちらもメロディは簡単だしいいお手本があるのに、それゆえに、手を出さないんだよね。でも、チェロの演奏のような感じで吹いてみたいな。

2002年6月29日雨
第1回 Little Concert たのしい仲間たちへの出演が無事終了。ハーモニカ合奏を聞くのは初めてという人達ばかりで評判はよかった。コーラスのグループがハミングキャッツの「追憶」の演奏中、ずっと口ずさんでくれた。2部の他の方達は桐朋音大出身者ばかりで、「チゴイネルワイゼン」や「愛の夢」の高度な演奏が聞けた。私の「夢のあとに」は、オクターブ下げて演奏するつもりだったのに、出だしで下げないで吹いてしまった。しかたないのでそのまま続けたが、反省材料。「シチリアーノ」は、暗譜まであと一息なのに、残念,楽譜を見てしまった。

2002年6月8日晴
「シチリアーノ」は、演奏はできるが中々暗譜しにくい。といっても初めての練習だから当然か。SiegfriedさんのCDが届いたが、Mariaさんてここまでやるのというくらいcontemporaryしてる。楽譜作成ソフトは面白い。イメージとして他のソフトに貼れるのがよい。こんなソフトを探していたのだ。

2002年6月5日晴
6月29日のハミングキャッツの出演の際に、「夢のあとに」と「シチリアーノ」を演奏することになった。「シチリアーノ」は実はまだ練習していない。土日にがんばらなくては。

2002年6月2日晴
カンツォネッタをピアノと初練習。カラオケだとまだ置いていかれる感じになってしまうが、ピアニストは待ってくれるのでなんとかなる。レパートリに加えられそうな気がしてきた。タンブーランはもう少し練習すればものにできそうだ。秋葉原で楽譜作成ソフトを買った。これで楽譜をワープロ文書に貼れそうだ。

2002年6月1日晴
ようやくコード・ハーモニカ入門が書き上がった。バス入門のアクセス回数が以外と多かった。さて、コードは?次は、トリオ入門かな。

2002年5月26日晴
じみコン当日。
ソナチネ(ギター伴奏)
タイースの瞑想曲(ギター伴奏、バレエ付き)
スター・ダスト(カラオケ)
の3曲。他に助っ人としての出演は、
雨メドレー(コード・ハーモニカ)
と小椋佳の
時(オブリガート)
この胸の高なりを(オブリガート)
風邪気味のためにスター・ダストの練習がおろそかになっており、案の定、どれよりもまずかった。反省。 ギター伴奏とバレエ、ありがとう。タイースは評判がよかった。

2002年5月14日曇
ついに10,000アクセスを突破しましたね。奇しくも今日は私の誕生日で、何よりのプレゼントになった。

2002年5月12日曇
鶴田教室のライブで「タイースの瞑想曲」をピアノ伴奏で演奏した。音合わせなしで本番だったが、ばっちり決まった。ピアニストさん、ありがとう。ビブラートに感心を持つ人からHow toを聞かれた。手ほどきはしたが、どれくらいでできるようになるか。楽しみではある。

2002年5月6日曇
「タイースの瞑想曲」をギターと初音合わせ。すんなりいけた。実はMidiでRolandの「バイオリン名曲31選パート2」のカラオケ版を作り昨日散々練習しておいたのが効いた。5月26日のジミコンはこれとベートーベンの「ソナチネ」を少なくとも演奏する予定。Amadeusのレバー操作はとってもよいが、3オクターブなので、やっぱり音域が足りない。演奏できる曲が限られてしまう。残念。
Suzukiのレバーのへばりつきは、レバーを鑢で削ったのがよかったらしく、今日の練習でも十分使えた。

2002年3月27日 雨、強風
インターネットの在庫処分バーゲンで買ったAmadeusが届いた。不思議なデザインだ。手に持ちにくく感じる。クリスタル樹脂ボディらしい音がする。音色的には270の方がいまのところ好きだな。もう少し吹きこんでみないと評価には早過ぎる。

2002年3月21日 晴、強風
バス・ハーモニカ入門のページを追加した。

2002年3月9日 晴
佐藤純人先生から届いたギターとハーモニカのための新作曲”Palm”の初練習をした。モダンな感じの曲で中々よい。全体的にはスローだが当然細かな音符の並びが転調しながら混じっている。やはり練習でこなすしかない。

2002年3月2日 晴
居間で葬儀を執り行い、庭に息子が掘った墓穴に土葬した。ベートーベンのソナチネを吹いたが、コンサートの時と全く違う、悲しく悲しく響くメロディになった。お花を植え、七人の小人の人形を配した。メルヘンチックなかわいいお墓になった。おやすみ、ラビー。

2002年2月27日 曇
一瞬だった。いつもの散歩で自治会館の横で車をやり過ごした瞬間、ラビーがすっと前に出て、その車に引かれてしまった。すぐ抱き上げた時にはもう痙攣が。13年間、ハーモニカの練習時にはいつも横にいたのに。後悔先に立たず。ラビー。ラビー。私の油断を叱っておくれ。さよなら。ラビー。涙。

2002年2月17日 曇後雨
ずっと前に買ってあったMTR(Multi Track Recorder)を初めて試した。接続部品が不足していたため放っておいたものだ、そもそも説明書がわかりにくいように思う。サマー・タイムのカラオケを録音しただけで、自分の演奏を入れるにはまだ練習が必要。

2002年2月11日 晴
小雪の中、「ハーモニカとギターの響き」コンサートが終了。「銀月に吹かれて」のできはかなりよかった。ただし、リハーサルのときの方がよりよかった。
金色ハーモニカには大分慣れて、穴の位置にあまり迷わなくなった。
「二つのギター」、「シューベルトのセレナーデ」、「月光」がよかったという意見あり。
                                                 

2002年1月19日 曇
吹き吸い式ホルンのページの末尾に、試作品に関する解説を加えた。

2002年1月13日 晴
トンボ楽器へ出かけ、試作品の吹き吸いホルンを借りた。さすがに音量が大きい。このリードを使ったクロマチック・ハーモニカを作ってくれると世界に輸出できる気がする。8 code harmonicaをついでに買った。
銀座山野楽器でハーモニカのCDを6枚買った。他にジプシーバイオリン2枚、スタンダード・ジャズ・カラオケ3枚組みなど相当の出費。久し振りの買い物だ。Matthias Brodeというジャズプレイヤーは初めてだ。14穴のMeisterklasseを使っているらしい。ピアノからはじめ、いろいろWind楽器をためしたが、TootsとBill Evannsの共演を聞いてハーモニカに決めたとある。中々巧みだ。ドイツ人らしい。Antonio Serranoというスペイン人も初めて聞く。Toots,William Galison,Hugo Diazは既知。

2002年1月5日 晴
今日は終日ギターの人達とコンサートの練習。これまで練習場として使っていたマイ・スタジオが閉鎖されたとのこと。我が家の練習場を使った。ハイドン、ベートーベン、シューベルト、モーツァルト、スカーラッティ、ボッケリーニ、ロドリゴなどなど盛りだくさん。クラシックも取り組むと面白いなと思う。

2002年1月2日 曇
年末年始でようやくゆっくり休めた。久し振りにオムニバス用の編曲を手がけることができた。シバの女王とエマニエル夫人。
所有クロマチックの紹介をコレクションに加えた。

2001年12月22日 晴
ようやくクロマチック実践2のページを載せることができた。内容はほとんど手入れと修理に費やした。

2001年12月2日 晴
自己紹介のページにアルバムを追加した。色々な楽器との交流を記録に残しておきたいのが意図したことだが、数年前の写真と比べて一段と白髪が増えているのがわかる。「枯葉」の練習は楽しい。

2001年12月1日 晴
三軒茶屋シャレナード・ホールにて、成瀬教室の発表会。サザンクロスがゲスト出演し、次の曲を演奏した。
コメディアンズ・ギャロップ、トップ・オブ・ザ・ワールド、バッハ・ダバダバ、また逢いましょう、Caravan、アンコールで12番街のラグ
そのあとすぐ会社の仕事があり、打ち上げに出席できなかったのが残念。

2001年11月30日 晴
ウィルスメールが飛びかっている。ちゃんと検出してくれているみたいだからいいが、添付を開かなくても感染となると怖い。
明日はザ・サザンクロスの出番で、バス・ハーモニカを吹きまくる予定。

2001年11月22日 晴
会社のアフターセブン・コンサートにギターの野村さん、後藤さんと共に出演。「これまでのトリオもよかったけれど、ギター伴奏もいいね。」、「選曲がいいね。」、「月光では、涙が出そうになった。」などの声多数、、大好評であった。「舞台ではもっと感情表現をした方が観客に訴えますよ。」とのビオラ奏者からのアドバイスあり。心しなくては。
演奏曲目は
・月光         ソル
・二つのギター   ロシア民謡
・リベルタンゴ    ピアソラ
打ち上げが遅くまであり、終電で1駅乗り過ごしたため、南柏から歩いて帰ったのが悲しい。

2001年11月13日 晴
デイケア・センターでの演奏を終えた。間奏部のアドリブ符を作っていったのだが、練習していないのと譜面が汚いためすぐ音が外れ始め、しかたなくそのままアドリブに突入した。なんとなくうまくいったような気がする。
さて、聞き手の皆さんから感想を聞く時間があり、結構歓迎されたようだ。ハーモニカ紹介では、手を使わないでPUCKを咥えて「オースザンナ」を吹くこと、10 holesで汽車の真似をすること、、同じく鶏の真似をすること、ペンダント・ハーモニカを吹くことをやり、これらもかなりウケた。

2001年11月4日 晴
11/13のデイケア・センターでの演奏のために、ピアニストの家を訪ねた。童謡2曲に最新ポップス数曲。あと、カラオケでクロマチックを2曲演奏することにして練習した。急遽お願いして、タンブーランの伴奏をしてもらった。あまり最近練習していないにしては、うまくいく。
午後は、ニュー九輪アップ・アンサンブルの10周年記念ライブで、浅草のHUBへ行った。PAの調子はよくない。ザ・サザンクロスで「また逢いましょう。」を演奏。人前では初めてだ。

2001年10月28日 雨
クロマチック実践1のページを加えた。先日来取り組んできたのだが、少ないので本日3編を付け加えた。取り止めのない話になったかも。実践1ということはそのうち実践2を書くつもりでいる決心を表している。
ギターのコード打ちの練習をしているが、中々頭に入らないものだ。頭で描くメロディに合わせて自然に手が動くという感じにはとてもならない。コード・ハーモニカも楽譜を離れるとすぐ忘れてしまうし、なんか才能に限界を 感じるなあ。
クロマチックもジャズの練習に切り替えているのだが、II-V-Iのあるパターンを12調子で吹くというのが遅々として進まない。メロディでないから余計苦しい。これまで4パターン進んだのみだが、練習場を離れるともう頭に浮かんでこない。きっと脳の奥に蓄積されているはずだと自分を励ましながら進めている。
スター・ダストの暗譜はできたようで、アドリブではないのだが複雑な音の並びがちゃんとカラオケでできている。次はMistyに取り組まなければ。

2001年10月21日 晴
千葉県民による県民のためのチャリティ・コンサートが盛況のうちに終了した。ハミングキャッツで「ワシントン広場の夜は更けて」、「あしたがあるさ」の2曲をトップバッターで演奏。
351名の入場者があったそうで、有償の方が人は集まるようだ。
会場でクロード・ガーデンの「GARDEN CLUB」を購入した。クラシックも1枚あったが今回は見送った。いずれ買うことになろう。今聞いているが、fuji-hさんのいうように超絶技巧だ。

2001年10月20日 晴
りとるかりんにおける「ギター室内楽コンサート」に出演。「銀月に吹かれて」と「ワルツィング・キャッツ」を演奏。バイオリン、チェロ、フルート、ピアノの人達と交流できた。チェロのビブラートは素晴らしい。バイオリンはかなり細かいビブラートだなと改めて認識した。打ち上げはイタリアン・レストラン。
ホールは60人入れる広さで、音の響きはとてもよい。場所的には我が家から武蔵野線で北朝霞まで1時間で、それほど遠くない。
明日は千葉県のハーモニカ・コンサートで、3連ちゃんは初めてかな。

2001年10月19日 晴
ハミングバード解散記念コンサートが終了した。中々いい演奏だったが一部まずいところがあった。先々週に練習しただけだったのがまずかったのだろうが、かなり緊張していたようだった。私自身はいつになくリラックスして吹けたのだが。フォークダンスの中村夫妻に踊って貰った。金色4オクターブを半分使った。音が大きいようだ。鳴りはよかった。打ち上げを「北の家族」で実施した。
5000アクセスを通過した。急にアクセス回数が増えたようだ。

2001年10月14日 晴
今日は富山県礪波市の障害者の集まりで吹いた。10 holesで汽車と鶏の物真似をやり、そのあと「赤とんぼ」、「二人でお酒を」、「ひとり寝の子守唄」を吹いた。最後の曲でひとりが感動のあまりか泣き出してしまった。

2001年10月8日 雨
いよいよ戦争が始まった。テロの矛先がこちらに向かわなければいいのだが。
今日は日本ハーモニカ藝術協会の定期演奏会で、ザ・サザンクロスとして「トップ・オブ・ザ・ワールド」のバスを吹いた。オープン・マイクは慣れないので吹きにくかった。今回は、東北や名古屋のアンサンブルが出演し、中々楽しかった。次の出番はいよいよ10月19日のザ・ハミングバード解散コンサートである。
「ちょいといい話」を集めはじめたが、中々ないものだ。

2001年10月5日 曇
昨夜のテルアビブ空港発の航空機が爆発のニュースには、背筋が寒くなった。ついこの前そこから来たのに。旅客機の窓からカスピ海や黒海が見えたのを思い出した。また、そのときに乗ったスイス航空が破産した先日のニュースも驚きだった。

2001年09月29日 晴
ザ・ハミングバードで高井戸の保険所の講堂で演奏した。解散コンサートの練習を兼ねているので、ほとんど曲は同じ。吹き慣れた曲ばかりなので感情も込めやすく間違いも少ない。でも、新曲に挑戦するチャレンジ感に乏しい。その後、江戸川区フレンド・ホールの音楽室で1日体験コースの講師を務めた。カラオケでハーモニカを吹こうという趣旨で「ひとり寝の子守唄」、「知床旅情」、「小さな日記」を取り上げた。最後の曲の人気が高い。                              

2001年09月25日 晴
1昨日、LPを4枚、CDを3枚購入したのだが、LPは当たりで、買ってよかった。MULCAYSは初めて聞いたが、音がレオ・ダイアモンドに似ていて、大いに参考になった。口腔をOの口の形にして喉が細かく震えるらしい。しばらく真似してみよう。ウィリアム・ギャリソンのジャズも初めて。ラリー・アドラーの音はやはり素晴らしい。別格だ。リチャード・ヘイマンは、前のレコードとだぶりが多く、特に目新しい物はなかった。また、ハーモニカの曲は少ない。
                              

2001年09月16日 曇
9月11日(火)のNYのテロ事件は痛ましい限り。犠牲者のご冥福を祈ります。ハーモニカ奏者も何人かいたに違いない。部下のイスラエル出張に承諾が出ず、急遽米国に出張してもらっていたのだが、事件のとばっちりで帰国が危ぶまれた。しかし、9月15日(土)に予定どおり運行されたようなので一安心。

2001年09月6日 曇
9月8日(土)午後はお台場でフォークダンスの伴奏をする予定。実はお台場へ行くのはこれが初めて。
9月9日(日)午前は、団地の敬老会で演奏予定。カラオケとバレエの組み合せ。
9月9日(日)午後は、鶴田教室でサザンクロスとして出演予定。
忙しい。イスラエルでは爆弾騒ぎが続いている。
                     

2001年08月26日 晴
「巨匠たちに学ぶハーモニカ・テクニック」をお話に追加した。元々講習形式だったので、若干の説明を追加した。日にちの関係で、お話の中に紛れこんでしまったが、気付いてもらえるだろうか。多少、ミステリアスな部分も残しておきたいので、特に宣伝はしないつもり。
11月13日のデイケア・センターでの演奏が決まった。ピアノとの組み合わせで新しい試みとなる。
19時20分、なんとたった今最後の知恵の輪が解けた。ほとんどあきらめかけていたのに10分ほど触っていて突然解けた。これで6種類全部解けたわけだが、中々楽しめた。別のものも注文したくなった。

2001年08月19日 晴
鶴田教室関係者と東北へ演奏旅行を実施。青森1箇所、黒石2箇所で演奏。今夜もレストランで演奏があったのだが、仕事の関係で急遽帰京。東北の朝は涼しかったが、こちらの夜も涼しいようだ。
久々のバス・ハーモニカの演奏で、失敗が多かったな。反省材料がまた増えた。
                                 

2001年08月12日 曇り
イスラエルから無事帰国した。今日は涼しい。ホテルでは前半タングブロック・ベンドの練習をやったがクロマチックに持ち替えたときの呼吸に問題がでて、後半はクロマチックに絞った。スター・ダストは何とか暗譜できてきたが、まだ詰めが甘い。
海外でCDを探すというにはよくない環境であったが、職場の近くのショッピング・モールで1枚、テルアビブ空港の免税店で1枚、しかもLarry Adlerの「哀愁のエルサレム」が入ったものが見つかった。8月7日にLarry Adlerが亡くなり、イスラエルでもB5ぐらいの写真入り記事で報じられただけに奇遇といってよい。
海外から掲示板に書きこむという経験を初めてやったが、ホテルからの通信へはかなり高い物についたようだ。
夜12時半に空港へのタクシーに乗る。もうこの国に来る事もないのかもしれないと思うと、エルサレムにいかないのがなんともシャクだ。運転手に頼んで、エルサレムを眺めたいので行ってくれるかと交渉、ラマダンなので高いが800シュケルで行けるという。手持ちのシュケル札全部を勘定すると760シュケルあり、それでいいかと聞くとOKで交渉成立。1時間近くかかり到着したが、城壁内部には入れないのでその周りをとにかくぐるぐる回ってもらった。なんと数日前に爆弾で多くの死傷者が出たピザ屋の横も通ってくれた。入り口が閉鎖されて通りに燭台が飾られている。こんな時間にも人通りがあるが、昼は動けないくらいの人出なんだとのこと。3時半には空港に着かないとセキュリティ・チェックもあるというので空港に向かった。流石にしばらく眠ってしまった。
空港でイスラエルの案内書を購入して読んだが、イメージしていた感じとはかなり異なり、農作物も豊富で、工業はハイテク化されている。エルサレムの冬は雪も降るようだ。城壁内部の様子もしっかりこの案内書で学習して、タクシーだけの観光旅行を補強しておいた。
とにかく無事でなにより。
                    

2001年08月03日 曇り
いよいよイスラエルへ出発する日。練習用のクロマチックを1本持っていこう。最近はStar DustとMistyの練習が多い。スローであるのに忙しい編曲である。こういうのをしっかりマスターしておきたい。

2001年07月29日 曇り
今や老犬のラビーと川端で10 holesの練習。そのとき、ベンドなしのいいメロディが浮かんだので忘れないように頭で反復しながら帰宅。いつもこの段階で忘れてしまうのだが、今回はなんとか譜面に書けた。さて、曲名をなんとしよう。詩がないので、なんでもいいのだ。作曲した場所を思い浮かべると草が茫々に茂っていた。そこで「夏草」と名付けた。メロディだけでは寂しいので、変奏部も付け加え、トリオ譜に編曲しているとほぼ1日が過ぎてしまった。参院選で自民圧勝らしい。これで株はどちらに動くのだろうか。作曲は「オーストリアの娘さん」に次いで、2曲目となる。どちらも、フォークダンス曲的な要素が強い.。ペンタトニック音階を使うせいかもしれない。
                       

2001年07月28日 曇り
新しい仕事では、イスラエルの会社と付き合いがある。そこで、急遽イスラエルへ出張することが決まった。丁度アドラー・トリオが日本へやってくるときに私はイスラエルへ行くことになる。夏休みの予定は完全に崩れた。

2001年07月21日 晴れ
サザンクロスで東北演奏旅行の練習。先日の中田健一トリオの影響だろうか、バスを崩して吹いてみる。いい感じだ。この調子でクロマチックもできるといいのだが。昨日、平松さんの演奏会で、バンドに会わせてそっとクロマチックをアドリブしてみた。結構いい感じだが、フィーリングだけなので、コード進行がわかっているわけではない。道はまだまだ遠い。3連休なので、かなり練習できる。あしたも頑張ろう。

2001年07月14日 晴れ
暑い。練習場にクーラーを取りつけたからなんとか練習できたが。
ジオのゲストブックをご芳名帳としてトップページに貼りつけた。最初の書き込みをしていないので、一体、だれが最初に書いてくれるのだろうか。
カウンターは3000を突破した。どなたも3000ゲットの書き込みはしていないが。
姉より兄の病気の電話あり。歳、歳、歳。

                  

2001年07月12日 晴れ
知恵の輪は5個まで解けた。仕事の割り当てが変わってしまい、秋に行こうとしていたトロッシンゲン世界ハーモニカ大会へのエントリが不可能になってしまった。残念である。
新しい仕事では連日イスラエル人との英語の打ち合わせがある。イスラエルのフォークダンスのレパートリがたくさんあるので、題名を言ったりするととても受ける。因みに水を指差してマイムといったら何で知っているんだと大騒ぎ。ヒネマトフとかクマ・アッハなどの意味を教えてもらったがもう忘れた。アドラー・トリオを知っているかと訪ねると1度テレビで見て知っているという。8月に来るよと言ったら驚いていた。

2001年07月08日 晴れ
会社で買った知恵の輪セットにハマっている。6個買った内、3個は解けたがそれぞれに難しかった。先人の知恵に感心するばかり。残るは難易度★5個のものと4個のものばかり。まだ見当もつかない。
スター・ダストの暗譜に挑戦中でもあるが、これがまた難しい。私には暗譜能力がないのかと悲しくなる。
ジオシティの日記帳を作って見たが、市民IDとパスワードを入れても拒絶される事態に陥ってしまった。これでは以後の書き込みができない。仕方ないので普通のページで作ることにした。

2001年7月7日 晴れ
中田健一さんの還暦祝で中田健一トリオと競演した。本来のベースの方が腕を怪我したため、プロのベーシストが代わりに演奏していた。その楽しそうな笑顔についつい引きこまれてしまう。
"All Of Me"のベース・ソロがカッコいいので、そのアドリブ・ソロを楽譜に書く事はできないのでしょうかと聞きにいったが、当然アドリブなので再現できませんとのこと。そこを何とか録音から書き写せないものだろうか。
引き続きお話を聞いたが、楽譜にはバスの音符も書いてあるがそれにとらわれるとリズムが乗らないので、コードネームだけしか見ないとのこと。
まあ、そうなんでしょう。こちらはバス・ハーモニカ吹きであるが、まだコードネームだけで演奏できるレベルには全然達していない。そのような練習をしていくしかないのだろうが、時間と多分才能が足りない。
いやしかし、あの笑顔で演奏を楽しめるというのはうらやましい。この夏休みから、コードネームでバスを吹く練習を始めようか。メロディもそろそろアドリブの練習を始めたいのだが。忙しくなりそう。




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