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ビブラート考



                ビブラート考1

フレンドタウン12号(1997年6月)掲載

 クロマチック・ハーモニカを吹き始めて、30年が過ぎました。最初に買ったのは、大学2年のとき、ハーモニカ・ソサイェティに入部して1ヶ月した頃でしたか、伊勢丹デパートで3,600円で3オクターブのクロモニカを買いました。当時の部では、ハーモニカ・トリオが健在で、合奏の合間に「コメディアン・ギャロップ」、「パーフィディア」、「キャラバン」、「タイガー・ラグ」などを先輩がバリバリ吹いていました。その中で、「コメディアン・ギャロップ」の印象がとても強かったので、4年生の方に楽譜を見せて貰えないかと尋ね、借り受けました。ゼロックスなどない頃ですから、写譜です。
 そんな訳で私の最初の練習曲は、「コメディアン」になりました。もちろん難曲ですから、吹きこなせるようになったなぁと感じるのはやっとこの頃です。
 合奏では、時々「vibs」と書いてあるところがあり、ハーモニカを前後に動かすビブラートをかけます。3年、4年と進級するうちに、クロマチック・ソロを担当します。ソロでも合奏と同様、盛んにクロマチックを前後に動かし、エツに入っていたものです。ところが、反省会でテープを聞いてみると、ちっとも音が揺れていません。いつも納得できないままに、卒業してしまいました。
 卒業後は、時々結婚式の余興で吹くぐらいで、42歳の時に出張で渡米するまでは、学生時代の早い曲が吹けなくなるなど、退歩ばかりです。今思うに、ビブラートが効かないので、スローな曲がちっとも楽しくなく、練習に熱が入らなかったのでしょう。
 そこで、前に書いた、ハーモニキャッツのバス奏者の1人、ディック・ガードナーさんとの出会いがありました。
 「リチャード・ヘイマンは喉を使うのだよ。」
という言葉です。
 それから、1週間位、アパートで喉を使うようにしてクロモニカを吹いていました。あるとき、突然、そう、突然なのです。喉が連続的に震え始め、見事なビブラートがかかり始めました。そうすると、今までつまらなく思えたスローな曲が、まったく一変して生き生きとした曲として輝き始めたのです。あの「アーニーローリ」が、「ムーン・リバー」が、あの「赤とんぼ」が。
 佐藤秀廊先生のお言葉が思い出されます。
 「歳を取ると、スローがよくなるんだよ。」
それまで露程も信じていなかったのに、急にこの言葉の重みが増してきました。また、これまでの自分の音がとても恥ずかしくもなりました。
 帰国して、OB会でノーブランズの鶴田さんに蚕糸の森で「ピクニック・コンサート」があるよと教わり、飛び入り演奏した後、広瀬さんの勧めでオムニバスに入会したのが再びハーモニカで舞台に立つきっかけになりました。その後、斎藤先生とその奥さんと共に、来日した外人アーチストとの交流の中でさらに別の種類のビブラートを習得する機会が持てました。次回はその辺の事情を紹介しましょう。
 日本人にもビブラートの上手な奏者は何人もいます。しかし、皆さんスーパースターですから、あまりの差に、それに続く人たちが中々出なかったように思います。そこへ私のような初老過ぎの者が演奏しているのを聞いたせいか、最近私の周辺ではビブラートに関心を持つ人がたくさん出てきました。とてもいいことだと思います。いつか皆さんにも開眼してもらいたい。何しろスローの曲がとてもよくなるのですから。

               ビブラート考2

フレンドタウン13号(1998年7月)掲載

 ハーモニカ界に再入して以来、最初に出会った外人奏者は、ピーとピーターソンでした。
 全日本ハーモニカ連盟のフォーラムで、アンサンブル部門の講習会の後、スタジオ・ハープでテープの録音が行われ、通訳補助という形で会社を休んで同席しました。後で斎藤先生、奥さん、大学生だった村尾光恵ちゃんと一緒に食事をする合間に、色んな演奏テクニックを教わりました。
 感心したのは、アゴを動かして急速にオクターブ違いの音を交互に出すというもので、ブラジルの曲などでは必須テクだそうです。頭では理解できましたが、実技は未だにできません。
 ピートのビブラートはおだやかで、ジェリー・ムラッドとペアを作れる音質であると思いました。ピートはむしろアドリブ演奏に優れています。「スイート・ジョージア・ブラウン」なんかは、目がドングリマナコになる位すごかったと思います。
 1年後にクロード・ガーデンさんがやってきました。斎藤先生がクロードのセミナーをスタジオ・ハープで開いてくれましたので、飛び付きました。学生時代に先輩がクロードのクラシックとジャズのレコードを持っていたので、私には神様のような人です。
 夕方、スタジオに入っていくと、ジャズ・ハーモニカ奏者である藤原さんがビブラートの訓練をしているところでした。私の番になり、何を習いたいかと聞く。通訳は斎藤夫人。迷わず、藤原さんと同じビブラートを教えて欲しいと頼み込みました。
 30分後、それまでピクリとも動かなかった横隔膜を振るわせるビブラートが、ゆっくりとですができるようになりました。1週間後にもう1度セミナーがあり、再度同じことを徹底してもらい、定着するよう心がけました。
 この1時間のレッスンが私の4半世紀に渡る謎を解き明かしてくれたのです。もちろん、それで一気に音色が変わる訳ではありません。最初、横隔膜は3連符でしか動いてくれません。レコードのは4連符で動くのです。それからの毎夜の犬の散歩が私の練習時間となりました。いつも10穴ブルース・ハープをポケットに入れて犬と田んぼ道に出ます。何とか4連符で動かそうと何度も何度も「アーニーローリ」を暗闇で吹きます。
 動き始めたのは、半年もたった頃でしょうか。それでも完璧ではありません。日によって、時間によって動いたり動かなかったりです。私が出演する演奏会のリハーサル時間に廊下で何度も横隔膜を動かす練習をしているのを見かけた人がいるかもしれませんが、天性で動くのではなく、努力してやっと動かしている私の場合、本番前に十分動くくせを付けておかないと、ビブラートが本番で出ないからです。3年位経った今でもそうです。
 余談ですが、私がクロードから教わったと同じ方法が、市販の800円のフルート初歩の教則本に載っているのを見つけたことがあります。また、クロードから聞いたのを私の生徒さんにそっくり教えると、やはり30分後に皆さんまがりなりにも横隔膜ビブラートができるようになります。私は悲痛にも叫びます。
 「エー、私が25年かかったのにー。皆さん30分でできるのー。私の25年は何だったのだァーー。」
 このように、適切に教えれば横隔膜ビブラートは決して難しいものではありません。早さのコントロールは中々難しいのですが。一方、喉ビブラートの場合は動かすというより自然に震えてくれるにで、4連符で震わせるのはそれほど困難ではありません。これら2種類のビブラートは、音色がまったく違いますので、曲によって使い分けるとよいでしょう。
 一昨年の横浜での国際フェスティバルでは、ラリー・アドラー、チェン・バーハン、リー・オスカーなど神様級の外人奏者がたくさん来日しました。折にふれて彼らのビブラートの方法を聞いたり、演奏中の姿を観察して、身体のどの部分が動いているのかを探りました。皆、それぞれの音色を別々の方法で確立しています。ラリーは舌とハンド・カバー、チェンは2本指のハンド・カバー、リーは深い横隔膜など私なりに理解しました。その結果は昨年の実験工房で発表しております。
 私のビブラートの課題はと言えば、これまでは他の奏者の真似をして、何とか同じような音色に近づけようということでした。これからは、私だけの音色、オリジナルな音色を何とか作り上げるのが目標です。
 私がクロードの音色にあこがれた頃はクロードはまだ28歳だったそうです。私はすでに51歳、遅いスタートでしたが、なんとか真田トーンを作りたいと思っているこの頃です。


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