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神様とのインタビュー

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Harmonica Review 29号(1996年spring)に掲載

 1995年国際ハーモニカフェスティバルIN横浜の設営委員をしていた関係上、ガラコンサートのほとんどを舞台の袖で見聞きすることが出来ました。どのハーモニカ奏者も鳥肌が立つ程素晴らしいもので、若い人達が「神様だ。」というのに共感しつつ、「神様がたくさんいるので困るんだよね。」とチャチャを入れると、「僕は多神教だからいいんです。」とドライに切り返されてしまいました。
 そんな神様中の神様、ラリー・アドラーさんにひょんなことから2時間もインタビューすることができ、面白い話もたくさん聞くことができましたので、記録の意味で紹介しておきましょう。
 きっかけは、表彰式の後片付けが終わって総本部に帰りのあいさつに行ったことにあります。真野会長から突然、「明日誰か成田まで行けないかなぁ、アドラーさんを送っていくんだけど、君なんかどう、英語もできるし。」と言われてしまいました。数打ちゃ当たるとばかり5つもコンテストに出場し、何とか1つだけ入賞し、当初の失望から安堵へと気持ちが大きく揺れ動く中、翌日の休息がスーッと遠のいて行くのが感じられました。何しろ、真野会長は大学のハーモニカクラブの先輩だもんね。会長の車で行って成田の車椅子の手配なんかが要るし、今回の主賓を1人だけで見送る訳に行かないとのことで、納得。
 翌朝10時にパシフィコのインターコンチネンタルホテルロビーで待っていたところ、リー・オスカー夫妻とチェン・バーハンさんがチェックアウトに下りて来て、また別の神様達と話をするチャンスに恵まれました。
さて、部屋までアドラーさんを迎えに行き、車で出発。昨夜の表彰式ではサインを皆んな断っていたし、気難しいのかなぁと思いながら少しずつ話しかける内、首都高の14kmの渋滞に巻き込まれてしまいました。おかげで延々2時間も車の中でインタビューしてしまうことになった訳です。運転中の真野会長も時間を気にしながら、盛んに質問を浴びせかけます。アドラーさんは機嫌良く、色んな話をしてくれます。よかった。以下、会話形式で紹介しましょう。

会話1
YM(真野会長):
今夜は出演者達が岩井市と浜松市でコンサートを開きます。その後、全国のあちこちで演奏します。
SS(真田):
浜松はヤマハやスズキのホームタウンです。
LA(アドラー氏):
ヤマハは銀製のよいハーモニカを作った。10月11日のクラシック・コンサートでちょっと借りて演奏したんだよ。
SS:
エッ、そうだったんですか。使い心地はどうでした。
LA:
展示品を試してみると、豊かな表現が可能だし、大きな音も出るので、今夜貸してくれといって使ったんだよ。素晴らしかったよ。
SS:
(アドラーさんが言うくらいだったら、その内、買わなきゃいかんな、出費が大変だ)エー、ヤマハは4オクターブのものは作っていないそうですがGの音まで出るものを試作しているみたいです。
YM:
後半だけ使ったようだね。4オクターブは必要でしょうか。
LA:
私は3オクターブで十分だ。低音はいい音が出にくい。
SS:
(J..S.さんと同じ意見だな、私は4オクターブのが欲しいのだが。ブツブツ。)ところで、アドラーさんのあの微妙なビブラートはどうやってかけるんですか。クロード・ガーデンさんはお腹を使っていますし、チェン・バーハンさんは指2本のハンドビブラートですし、アドラー・トリオのダニーさんは喉だと言っていましたが。
LA:
単音のときは舌を使っている。オクターブ奏法のときはハンドを使う。たくさんの人がお腹を使っているようだが私は使わない。
SS:
(フ−ン、舌だったのか。そういえばこの前舌を試しているとき、アドラーさんみたいな音がしたな。もう一度試してみよう。ニュー九輪アップの木村さんが舌を使っているから、教えてあげよう、アドラーさん並になれるかも。)
YM:
日本では清水光明さんがアドラーさんの音が好きで、相当近い音を出していましたよ。亡くなられましたけれど。
LA:
Mitsuaki Shimizuは、私のレコードから音を取っていたんだが、私は音を間違えたんだよ。そしたら彼がいつもそのとおり間違えるんだよ。(爆笑)
会話2
YM:
アドラーさんは、ガーシュインやラベルと交流があったようですね。ラベルのボレロを著作権料なしで演奏してよいと言われたそうですが、そのあたりのいきさつは。
LA:
ラベルは、私の吹くボレロが全然気にくわなかったんだよ。
SS:
あれ、好きだからじゃないのですか。
LA:
全然。シャンゼリゼのカフェである日話し合ったんだ。気に入らなかったようだ。別れるとき、サインを貰おうとしたんだが、手が震えていて書けないと言うんだ。私は謝って別れたんだが、その2日後、サインが届いたんだ。暗い部屋の中で2日間かけて書いたというんだ。そして、亡くなった時に遺書に、ラリー・アドラーはボレロをいつでもどこでも著作権料なしで演奏してよいと書いてあったんだ。世界で一人だけだ。
YM:
フーン、ラベルはアドラーさんを好きではなかったのですか。
LA:
きっと大嫌いだったと思うよ。(笑)
YM:
ガーシュインとは何か面白いエピソードはありますか。
LA:
あるある。二人で同じ女性を愛したんだ。シモン・シモンと言ったな。
SS:
どちらが勝ったんです。
LA:
彼だ。
SS:
そのとき、皆さん何才だったのですか。
LA:
ガーシュインは23才、私は15才、彼女は20才だったかな。
SS:
ガーシュインは、彼女と結婚したのですか。
LA:
いや。彼は生涯独身だったよ。
SS:
(彼女はどうなったんだろう。後で調べたら、ガーシュインは38才で亡くなっている。)
YM:
ガーシュインの演奏をヤマハの自動ピアノで演奏しましたが、どうやって実現できたのですか。
LA:
自動ピアノ用のロールペーパーがあって、それをヤマハ用に変換できるんだ。
YM:
ロールペーパーって紙にパンチしたものだけど、強弱とか感情など再現できるものなのでしょうか。
LA:
完全にできる。ニューヨークで私が自動ピアノの伴奏で吹いていたとき、ガーシュインの妹が訪ねてきて、ラリー、私、兄の姿が見えたわと言ったもんだ。10月11日の演奏でも、私はガーシュインを見ながら演奏していたんだよ。ラフマニノフのロールペーパーも持っているよ。

会話3
SS:
他のハーモニカ奏者との交流についてはどうでしょう。ボラ・ミネビッチなんかどうですか。
LA:
彼は、私を下手くそでどうしようもないと拒絶したんだ。
SS:
エッ、楽団に入団しようとしたんですか。
LA:
そう。14才のときだった。だから私は入団しなかった。ところが、その翌年、彼が私にハーモニカ販売会社を一緒にやらないかと持ちかけてきたんだよ。彼は、私があのときの少年だと気付かなかったんだよ。私は彼のことを覚えていたから断ったよ。(笑)ミネビッチ楽団に音のきれいな黒人奏者がいたんだ。私のマネージャに、彼と契約すべきだといったんだが、ダメだという。黒人だからというんだ。私はそんな考えはまったく嫌いだね。君は何かそんな経験があったか。
SS:
私はコンピュータ工場があるミネソタにいたんですが、そこではとてもよかった。しかし、旅行で隣の州に行ったときに、交差点の車の中から子供にアカンベーをされたことがあります。あ、丁度東京ディズニー・ランドの横にいます。
LA:
そういえば、ディズニーというのはとても偏見が強かった。それから戦争中、日系アメリカ人をキャンプに押し込めたことがあったが、とんでもない話だ。私には信じられない。戦争中、島から島へ転進している時、隊長が、何か演奏するのかと聞くのでハーモニカだと答えた。隊長も吹くといったあとで、ところでハーモニカなんかに聴く人が金を払ってくれるのかと聞いたよ。アッハッハ。
SS:
おもちゃだというのですか。
LA:
そう、おもちゃだと。
SS:
ハーモニカの名称について、先程ロビーでリー・オスカーさんとチェン・バーハンさんが面白いことを言っていましたよ。チェンさんがデンマークへ行ったとき、ハーモニカというのはアコーディオンのことだったんですって。
LA:
ドイツ語でもそうだ。
SS:
ハーモニカ奏者が来るというので指揮者が楽屋に会いにきて、アコーディオンと思っていたらマウス・ハーモニカだったのでびっくりしていたそうです。
LA:
イタリアへ行ったとき、そんなようなことがあった。
YM:
私はドイツのハーモニカ連盟に全日本ハーモニカ連盟として手紙を出していたら、どうも様子がおかしい。後であちらのアコーディオン連盟だということがわかった。(笑)
SS:
するとリーさんが、アメリカでもハープということばで同じようなことが起きる。ある町で演奏することになったら、その町に有名なハーピストがいるというので、遠い道のりをタクシーに乗って訪ねていって、ドアを開けたら、美しい女性の横に竪琴が置いてあった。(笑)
LA:
私はハープということばは嫌いだ。
YM:
ブルース・ハープという商品が出て日本ではブルース・ハープというようになったけれど、カントリー系の人はブルースじゃないというので反発しているらしいですよ。
SS:
最近はミシシッピー・サキソホンなんてのもありますよ。
LA:
嫌いだ。私はハーモニカというのがよい。
YM:
レオ・ダイヤモンドが初来日したとき、彼が私に言った最初のことばは、ガールフレンドを紹介してくれというものでしたよ。それ以来、来日するする度にそう言ってからかったものでした。
LA:
本当か。私には必要ない。自分で探せるから。現に、初来日した時のピアニストのxxさんというのがいる。
SS:
今回、いらっしゃいましたか。
LA:
いや。いつも思い出すエピソードといえば、リー・オスカーはいいやつで、私がロスアンゼルスで財布を盗まれたことがあった。後から財布は見つかったんだが、彼がわざわざ空港まで届けてくれた。会う度にその話を彼とするんだ。いいやつだ。
SS:
チェン・バーハンさんとは何かありますか。
LA:
彼を全然知らなかったんだが、ある日手紙が届いた。それで返事を書いたら、彼はその返事を大使館に見せて、アメリカに入国したんだ。
SS:
チェンさんにハーモニカを教えたのですか。
LA:
いや。彼は自分で学んだんだろう。
SS:
佐藤秀廊先生は94才までハーモニカを吹いておられました。リチャード・ヘイマンさんとは、どちらがお若いですか。
LA:
彼はいくつだね。
SS:
85才だと思います。私が平成2年に帰国するとき、丁度80才の誕生日だというので、ハーモニキャッツが出演すると言っていました。
LA:
数年前、彼が指揮をして私が吹いたことがあった。私は94才に見えるかもしれんが、たった81才だ。
SS:
南部先生の奥さんが、アドラーさんの初来日の時の写真を持って楽屋へ訪ねていらっしゃいましたが、奥様が美人でかわいらしいので驚きました。
LA:
私もそうだったよ。(笑)
SS:
初来日の公演を聞いて、クロマチック・ハーモニカを始めた人が日本にはたくさんいます。日本の代表的トリオのノーブランズの鶴田さんや私のトリオのバスの横山さんなど。
LA:
ほう、そうかね。
SS:
もっと若い人は、ジョン・セバスチャンの影響を受けたようです。
LA:
彼の音は大変きれいだったよ。
SS:
私はどちらも聞いていませんが、セバスチャンのCDを持っています。ビラ・ロボスのハーモニカ協奏曲が入っています。
LA:
ビラ・ロボスはあの曲を私のために作曲したのだよ。それを突然セバスチャンが吹いているので、びっくりしてビラ・ロボスに迫ったんだ。そしたら、お金が必要だったのでということだった。
SS:
アドラーさんのレコードから取った楽譜がいくつか日本で使われています。ホラ・スタッカートとかグリスビーとか。
LA:
グリスビーは私が吹いてグランプリを取ったんだ。君は映画を見たか、ジャン・ギャバンの。
SS:
ちらっと見たことがあります。白黒でしたね。トミー・モーガンはご存知ですか。映画音楽で活躍しています。
LA:
知らない。そういえば聞いたことがあるような。
SS:
クロード・ガーデンさんは演奏前には食事はしないそうです。以前、冷し中華があまりおいしそうなので食べてしまったら、その後の演奏会でルーマニア狂詩曲が吹けなくなってしまったそうです。
LA:
ハッハッハ。私の場合はちゃんと食べるよ。
SS:
田中さんというハーモニカの修理の名人がいるのですが、クロード・ガーデンさんが大変気に入って、再来日したときに40本も修理を頼んだと言っていました。アドラーさんはどうしていますか。
LA:
驚きだな。私は3本しか持っていない。ロンドンにも修理のうまいのがいる。私自身はまったく修理ができない。
SS:
(初来日のとき、スーツ・ケース一杯分ハーモニカを持ってきたと聞いたけれど、吹き方が変わったのかな。)

会話4
SS:
ジャズ・ポピュラーのガラ・コンサートはお聞きになりましたか。
LA:
ピート・ピータソンのパリのアメリカ人は良かった。しかし、今回は誰もどこで何があるかちっとも言ってくれなかった。
YM:
マネージャのシャリットさんにあらかじめスケジュールをお渡ししたのですが、伝わっていなかったのですか。
LA:
何も聞かなかった。
YM:
出演料その他の費用を受け取ってすぐ帰ってしまわれたんですか。
SS:
(マネー事面倒(マネージメント)しかしないんだな。)
YM:
いやー、まったく申し訳ありませんでした。
LA:
あなたのせいじゃないよ。彼はCDのGlory of Gershwinのときにとてもよくやってくれたんだ。その後、4枚も昔の収録のCDが出た。Gloryの評判がよかったので。GloryはよくできたCDだよ。
SS:
昨日買いました。他に2枚持っています。
YM:
私は全部持っています。
SS:
昔、哀愁のイエルサレムというシングル版を持っていて、大好きだったんですが。ボーカルも良かった。
LA:
あの曲は、イスラエルの歌のコンテストがあって、優勝曲で、裏に私のソロが入っているよ。
SS:
もちろん、両方ともとても良くて、すり切れる程聞いたんです。
YM:
もうすぐ空港です。BTAに車椅子の手配を電話します。
LA:
どこかの国では車内の電話が一番盗まれやすいんだ。ところで、Mr.Mano、1時半に空港に行くのに10時出発で早過ぎると文句を言ったが、あなたが正しかった。それだけかかるんだ。申し訳ない。
SS:
子供さんで、ハーモニカを吹かれる方はいないのですか。
LA:
ピーター・アドラーが吹いていたが、最近アフリカン・アートでとても収入が多くなったので、吹いていない。先日、ロンドンのラジオ放送で親子で出たんだが、そのとき、ピーターが父のことをとても良く言ってくれたので、大変うれしかったよ。
LA:
日本語というのはむつかしいかね。
SS:
昔はむつかしいと思ったのが、最近はイランやインド、スリランカの人達がたくさん日本に来て、1年でペラペラにしゃべれるようになるんです。案外簡単なのかもしれません。主語は省略します。動詞が独語の過去形のように最後に来ます。母音は5つしかありません。イタリア語読みをすれば十分です。佐倉を通過しましたが、Sakuraと読みます。
LA:
私はSakuraの曲を知っているよ。
SS:
うっ。Sukiyakiはどうですか。
LA:
知っている。
SS:
今年はSukiyakiを歌った坂本九が飛行機事故で亡くなって10年目です。
LA:
どこでかね。日本でか。何百人も亡くなったのか。大変なことだね。
 空港に着いた後、車椅子が来たところで無事BTAにバトンタッチ。

LA:
Mr.Mano、あなたは大変Good Boyだから、記念にLarry Adler 4穴ハーモニカをあげよう。
YM:
Boyとは、アッハッハ。
LA:
Boyだよ、Boy。Mr.Sanada、あなたはBad Boyだから何もあげない。Thank you. 次に日本に来るときは、日本語で話すよ。明後日、ロンドンでテニスの約束があるんだ。Bye, Bye!

 という次第で神様は無事ロンドンに向けて発たれました。表彰式の時、ご機嫌斜めでサインを断られた方も多いと思いますが、今朝は気さくに何にでも答えてくれてご覧のように色々なお話が聞けました。真野会長が是非記録に残しておこうとおっしゃるので、会話を思い出しながら書き留めました。実は、記憶が大変しっかりされていて、色々な出来事の年代をすべてはっきりおっしゃったのですが、聞くほうがとてもそれを覚えていられないので、割愛させていただきました。
 最後に、サインを貰えなかった人達のために、私が楽屋でもらったサインの輪郭をお見せします。
           


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